奥野湖晴 Umiharu Okuno

ジャズピアニスト
大学卒業後、関西で演奏活動を開始。
奨学金を得てバークリー音楽大学へ留学。
グレン・ザレスキ、ケニー・ワーナー、ダニーロ・ペレス、ジョアンヌ・ブラッキーン、ハル・クルックなど多数のミュージシャンに師事。
ボストンのジャズシーンで演奏活動を行う
同大学を最優秀成績(Summa Cum Laude)で卒業後、ニューヨークのジャズシーンで演奏活動を行う。
帰国後、自己のトリオを率いて関西で演奏活動を行うかたわら、ジャズピアノ教室を設立し後進の指導を開始。
2017年、奥野湖晴ジャズピアノ教室をオープン。
2024年、東大阪市ジャズ協会を設立し、多彩なプロジェクトを手がけ、地域文化の振興にも尽力している。
どうしてこんなに下手なんだろう?
バークリー在学中から卒業まで、約3年ほどボストンで活動していましたが、ステップアップしたい気持ちもあり、ジャズの本場ニューヨークに移りました。
ニューヨークのジャズシーンはボストンの何倍もレベルが高く、どこに行っても上手い人がゴロゴロいました。 例えばジャムセッションでは、地方やヨーロッパでトップレベルのミュージシャンが集まっていたり、ジャムのホストは18歳にしてジャズの歴史を全て網羅しているエリートや、ワールドクラスのツアーミュージシャンが務めていたり、といったレベルです。
ミュージシャンたちは表面上はフレンドリーですが、内心の査定はかなりシビアで、空気の読めないアマチュアミュージシャンなどは、まったくお呼びではなく瞬殺でした。 私も例に漏れず、何度も自分の演奏レベルの低さを実感させられ、帰り道に半泣きになってしまうこともよくありました。「自分はなんでこんなに下手なんだろう。知識はそんなに変わらないはずなのに、どうしてここまでの違いが生まれるのだろうか」とよく考えていました。
「上手くないとお話にならない、相手をするだけ時間の無駄、存在価値がない。」というような世界で追い立てられたような気持ちになり、自宅のカシオのエレピで、一日中コピーしたり、メトロノームと格闘したりと、バークリー時代よりもたくさんの練習をする日々を送っていました。
そうこうしながらも、ニューヨークはジャズの需要が高い町なので、色んなライブを見に行ったり、好きなピアニストからレッスンを受けたりしながら、ジャムセッションなどで出会った人たちと一緒に仕事させていただいたりできるようになりました。

人々に愛されるニューヨークジャズ

しばらく経ってわかったことは、ニューヨークのジャズは歴史の再現ではなく、現在進行形の芸術音楽であるということでした。
ニューヨークのジャズミュージシャンは、素晴らしいテクニックを持ち、伝統にリスペクトを払いつつも、そこに独自の解釈を加え、一人ひとりが自分だけのスタイルを追求していました。そして、自分の音楽をさまざまな場所で発表していました。
ノンミュージシャンである観客もまた、そのように高度に洗練されたニューヨークのジャズを聴くことが大好きでした。
最終的に私は、それぞれのミュージシャンが個々のオリジナリティと伝統の両立が、聞く人を感動させるのではないかと思うようになりました。
教室を始めたきっかけ
帰国後の日本のジャズシーンは、留学する前とは全く違って見えてきました。
共通のジャズ理論に基づいて、共通のジャズを目指しているような不自然な印象を受けました。ジャズは本来、人を感動させ、愛されるはずの音楽なのに、「イイ感じのカフェミュージック」や「歴史のお勉強」になってしまっており、残念だなと思いました。
ボストンやニューヨークで経験したこと、失敗したことを次の世代に渡したい。そう思って教室を始めました。
それぞれの生徒が、ニューヨークのジャズミュージシャンのように自分の個性を追求し、演奏したい音楽を演奏できるようになって欲しいと考えています。
そしてその生徒の演奏が、聞く人にインスピレーションを与え、喜ばれるようになって欲しいと願っています。

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